対峙

ただ木立の娘を守ることだけのために、今までやってきたような惨いことができるかと彼は意思を送った。どういうわけか、その所業は村では木立の娘の仕業として伝えられているらしいが。彼は森に侵入してきた人間を要に襲わせてきた。入るなと言われている森に入るということは、良からぬことを考えているに決まっているからだ。森の王賜豪醫生奥地にまで侵入してくるような猛者は自分で斬り捨てた。彼は夜の間は鳥にも人にもなれる。鳥になり気配を消して、十分近づいたところで背後から確実に仕留めるのだ。彼はまさか今回旅人風情に止めを刺せないとは思わなかったという。彼は夜の間に強い光を浴びるのが苦手だった。わたしは朦朧とした意識の中で見た印の明かりを思い出した。もっとも今考えれば、あの程度の光なら大したことはなかったらしい。
 男が長年続けてきた侵入者の始末のせいか、最近では森へ入るような人は滅多にいなくなったという。彼の行動の目的は木立の娘を守るためだけではなかった。彼はあの村に復讐がしたかったのだという。それは、かつての幼馴染に関わるものだった。彼の幼馴染は、村人から散々利用されて捨てられた。木立の娘と彼女の姿が重なって仕方なかったのだと彼は伝えた。

 男には昔、仲の良かった幼馴染がいた。彼女は引っ込み思案で、家族や彼以外の他者とはあまり話をしなかった。人づきあいが得意でない彼女を案じて彼は自らが所属する無償奉仕の防災組織に入れた。人と関わりあうことの楽しさを教えるつもりだった。
 しかし今ではそれを後悔している。不幸はここから始まったのだ。自身は好きでその仕事をしていたため後に風聞を聞くまで知らなかったらしいが、実はその組織は人手不足で、一度入ったらやめられないように村人たちから圧力をかけられていたのだ。それは自らの身を危険にさらしたくないという村人からの一方的な押し付けだった。防災組織は仲間との連携が必要だったため嫌でも人と意思疎通をしなければならなかった。彼女はいつも辛そうだったが、その組織から抜けようとはしなかった。災害が起こると真っ先に駆けつけ命がけで村人を助けていた。

 組織の他の人が諦めたようなある火事の時も、彼女だけは最後まで村人の救出に向かった。その結果、取り残されていた住人は全員無事に助けられたが、住人を庇ったときに彼女は重い火傷を負った。彼女の身を捨てるような活動を見かねた彼は組織を脱退するよう勧めたが、本人は断った。
 ある時男は短期間の旅に出た。剣を修めていた彼は外部の交流機関とも関係を持っていて、その旅は知り合いと交流試合をするためのものだった。村を離れている間、そこでは洪水が起きていた。雨が続き村の中心を流れる大河を始めとして、あちこちの川が氾濫していた。
 彼女は一人逃げ遅れて家に取り残されていた。その時助けを待っていた場所は屋根の上だった。助けようと思えば助けられそうな状況だった。しかし村人たちは自らの安全確保のことしか考えず、彼女を見捨てた。これは後に村人への不信感に耐えられず集落を出た、防災組織の友人が悔いるように告白した話だという。その友人は、組織の人間よりも村人の救出を優先させなければ彼らから非難されるのではないかと恐れ、組織の人間は全員そっちへ回ってしまったのだと詫びていた。友人は組織の人間の代わりに近くの村人が彼女を助けてくれるだろうと思っていたらしい。しかし彼女は行方不明となり、そのまま見つかることはなかった。

 彼は激怒し村人たちを問い詰めた。村人たちは全てを吐いて、罪滅ぼしとして彼の防災組織の脱退を許可した。しかし彼の怒りは収まらず、この村を焦土に変えてしまおうと自宅に火を放った。それはぼや騒ぎで終わったものの、最早村に住めなくなった彼は常識人ならまず入ることのない森に逃げ込んだ。このまま死んでも構わないという思いと木立の娘へのAmway傳銷関心もあり、他の国への亡命は考えなかったという。要に追われ、木立の娘に助けられた時、彼はふと村の伝承を思い出した。村に尽くしたにもかかわらずひどい仕打ちを受けた幼馴染と木立の娘の姿が重なって見えた。それから彼は木立の娘を守ることを決意し、長年にわたって彼女に害をなす虞のあるものを排除するとともに、村への報復も果たしてきた。
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