事実を見落

「たとえば、教育に関して、基本的な理念は、学校教育をより硬直的な上位下達の組織に再編し、学校間や生徒間の競争を煽るっていう色彩が濃い主張だよね」
「ええ、そうすれば、今よりもっと子供たちが勉強して、知識を身につけ、学力が向上するんじゃないですか?」
「ははは、そういう考えもあるが、ただ、それに関しては、いくつか明白な事実を見落としていると思うんだよ」
「明白な事実ですか?」
「ああ」
ん? なんだろう?
「ます、最初に、教育に競争を持ち込む、より厳しい競争環境に子供たちを置くというけど、いまでも、結構、子供たちは厳しい競争にさらされているんだよ」
「え、ええ・・・・・・」

一瞬、数年前に私が経験した受験競争を思い出し、当時の胃がキリキリと痛くなる日々がよみがえって顔をしかめる。
「で、だ。その競争で勝ち抜いた人間たちを、我々は既に知っている。だれだと思う?」
「え? んん・・・・・・ あっ、もしかして、オレたちですか?」
「ふふふ。ま、当たらずとも遠からずってところか。正解は官僚さんたちだよ。彼らこそが、今の教育の中の競争を勝ち抜いた人たちだ。でも、彼らの特徴はっていうと、賢く、プライドがたかく、利己的ってのが、普通のイメージだよね?」
「ええ」
「そのほかに、独創性がなく、冒険心に欠け、保身ばかりで責任感が欠如しているってのもある。結局、厳しい競争に勝ち抜いてきて、頑張って高い地位を手に入れたからこそ、それらを余計なことをして失いたくない、他人を蹴落としてでも、なんとしても守りたいって意識がそういう性格づけを生むんだろうね」
「な、なるほど・・・・・・」
って、なんか、それって先生の勝手な決め付けのような気がしないでもないけど。
「で、競争を強化するっていうのは、結局、こういう官僚的な人物をたくさん育て上げるってことを意味する。それで、日本は良くなると思う?」

「また、次の明白な事実としては、競争で勝者がいるなら、その背後にはその何倍、何十倍、何百倍の膨大な数の敗者がいるってこと」
先生は、どんとテーブルをつよく叩いた。
「敗者は、競争に疲れ果て、生きる意欲を失い、負けたってことに打ちひしがれて向上心もなく、夢や希望が持ちにくい生活を送るしかない人々。去年、卒業した村上くんみたいな感じだね。正社員になれず、パートや派遣でやっていくしかない。しかも、その職場でがんばったからといって、だれかに認められるわけでもないし、資格をとれたり、手に技術がつくわけでもない。絶望しかない立場なんだ・・・・・・」
昨今の就職難、数年後、今度は私の番だけど、大丈夫なんだろうか? 心配だ!
「競争を強化するというのは、そういう絶望的な人間を多く生むってことでもある。それで、日本が良くなると、本気で思う?」
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